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#自己紹介#iikenweb#独立

はじめまして、iikenwebの井伊です

Web制作をしているiikenwebの井伊です。

私のWebサイト制作の始まりは2020年6月。 ココナラで受注したフィットネスジムのサイトリニューアルでした。デザインは先方から支給されていて、私はそれをWordPressのテーマとして組んで公開する役割です。5ページで4万円。実案件は初めてで、テーマの作り方すら分かっておらず、早朝から深夜まで実装していました。

そのサイトを、つい先日6年ぶりに見返しました。作っておいて申し訳ないですが、ひどい出来でした。画面を小さくするとコンテンツははみ出すし、文字サイズもデザインと比較してどこかおかしい。これを感じられるのは成長した証だと思えばいいんでしょうが、正直、見なかったことにしたい気持ちもあります。

なぜこんな話から始めるか。Web制作は、頼む側から中の人が見えにくい仕事と感じるからです。実績は並んでいても、それを誰がどんな気持ちで作っているかまでは伝わらないと思っています。

子どものころ、動物図鑑ばかり模写していました

新潟県長岡市で、26年ほど過ごしました。

小さいころの記憶で一番はっきりしているのは、絵が好きで、動物図鑑を模写していたことです。鉛筆で、白黒だけ。色を塗るのは好きではありませんでした。叔母には「この子はプロの画家になる」とよく言われていた記憶があります。実際にはそうならなかったわけですが。

私は、何もないところから何かを生み出すのが得意ではありません。目の前にあるものをよく見て、構造を写し取って、組み直すほうが向いている。プラモデルも作っては壊して、新しいものを買ってもらい、また作っていました。

このブログを書こうと思い振り返ってみると、今やっている仕事も同じようなことをしていると気が付きました。既存のサイトを見て、どういう構造でできているかを読み取って、新しい環境で組み直す。サイト作成の中での実装はまさに模写のような仕事で、子どものころ図鑑を写していたのと、やっていることがほとんど変わっていません。

市役所、スポーツ用品店、電話営業、そしてWeb

ここに来るまでの経歴は、Webとほとんど関係がありません。

公務員の専門学校を出て、長岡市役所で1年。会議室の貸出受付などをしていました。仕事柄どんな人にも平等にせねばなりません。おそらく自分が対応する人には平等に対応をする、という感覚はここで身につきました。

そのあとスポーツ用品店で5年。店舗接客はしたことが無い私でしたがゴルフ売り場を任されました。初めは当然、接客は苦手で、売り場で明らかに迷っているお客さんがいても声をかけられない。先輩によく「いけ!」と怒られていました。それが最終的には担当商品の売上で店舗1位になって…迷っていそうな人に自分から声をかけて、何に困っているのかを聞き出す。ここでヒアリングの大切さを学んだ気がします。

Webを始めたきっかけは、ネットで知り合った友達との「Webで稼ごう」という話でした。2019年4月に独学を始めて、その年の8月、26歳で上京します。

上京先で入った会社が、「未経験でもWebデザイナーを目指せる」という謳い文句のところでした。中身は聞いていた話と違いました。正社員ではあるのですが、社内のWeb研修を最低半年、業務時間外に受けて、最終試験に受かった人だけがIT関連の仕事に就ける。それまでは家電量販店での携帯販売か、電話営業に回されます。

私は電話営業に回されました。最初の4ヶ月は受注ゼロ。完全にお荷物です。手取りは都心生活にもかかわらず17万円で、1ヶ月ずっとカレーを食べていた時期もありました。精神的にきつすぎて父親に電話をかけた覚えがあります。それでも半年を過ぎたあたりから数字が動き出して、最後は社内1位になります。相手を人と思いすぎない、見込みのある人に集中する。そう割り切ったら数字が変わりました。断られても死なないし、精神に来ないようにひたすら割り切る場面も必要だと勉強させられました。こういった経験があるので、電話営業が来ても営業される側視点での最強のアウト返しができると思います(笑)

働きながらココナラへの出品していたら、先のフィットネスサイト実装を受注。その案件を境に受注が途切れなくなりました。コロナ渦2020年10月15日、iikenwebとして開業します。27歳でした。

色を塗るのが苦手で、実装を選びました

最初はデザインもやろうとしました。ただ、どうにも合いませんでした。

理由は、たぶん子どものころと同じです。色を決めるのが苦手なんです。一方で、どの要素をどう並べるか、この構造をどう組み立てるかを考えるのは苦にならない。むしろ楽しい。それで実装のほうに寄っていきました。

今も、実装は自分の手から離しません。動きを細かく詰める案件や、責任の重い案件はなおさらです。手が足りないときや一部の範囲は、信頼できるメンバーに手伝ってもらうこともありますが、お客さんから見える窓口は常に私一人にしています。

窓口をひとつにしているのは、自分がお客さんの立場だったら、そのほうが圧倒的に楽ですし信頼ができと考えるからです。個人に頼んだはずなのに、途中で知らない人が出てくる。結局これは誰に言えばいいんだ、となる。その面倒を相手に背負わせたくない。

コーポレートサイトを中心に、これまで100件以上のサイトを作り、修正や改善まで含めれば500件を超える案件に関わってきましたが、この形はずっと変えていません。

安さと速さでは勝負していません

正直に書くと、私の単価は同じくらいの経歴の人より少し高いほうだと思います。スピードも最速ではありません。

昔は逆で、安く早く受けていました。ところが、そういう案件ほどクレームや無理な要求が多い。要件が固まらないまま走り出して、作り直しになる。何度も起きました。価格を下げることで、自分に合わないお客さんのほうを引き寄せていたんだと思います。

受注が増えるにつれて単価を上げても人がついてきてくれるようになり、思い切って高いほうに振りました。残ったのは、信頼して任せてくれる方ばかりです。今は8割がリピートです。返信が早いこと、曜日や時間を問わず動くこと、これをやっておくと助かるだろうなと先回りすること。続けているのは、そのくらいの地味なことです。

逆に弱みも書いておきます。広告運用・大規模システム開発・常駐の仕事はやっていません。セキュリティまわりの実装は、正直まだ得意とは言えず、勉強している最中です。あと、昔スケジュールを決めずに進めて案件をズルズル長引かせた反省から、今は必ずスケジュールを引く、必ず対価をもらう、を自分のルールにしています。できないことをできると言わないのも、信頼のうちだと思っています。

「フリーランス」と名乗らないこと

自己紹介のときは、たいてい「iikenwebの井伊です」、場面によっては「実装者の井伊です」「個人事業主の井伊です」と名乗るのがふつうです。「フリーランスです」は、ほとんど使いません。

その言葉が、自分にしっくりこないからです。

駆け出しのころは違いました。「フリーランス」も「SOHO」もキラキラして見えて、積極的に名乗っていたものです。ただ、当時の私は、実力が伴っていないのに「できます」と言って受注していたんです。調べながら、2日間まったく進まない日もありました。それでも投げ出さず納品しきったので後悔はしていませんが、あの頃の名乗り方が正直だったかというと、そうではなかった。

私が考えるフリーランスは、完璧な状態で独立する人間と考えています。 ですが、「フリーランス」という言葉が軽視され、でも名乗れるようになっているように感じ、その言葉が好きではなくなってしまいました。

このブログについて

これまでの集客は、クラウドソーシングや紹介がほとんどでした。ありがたい話ではあるのですが、ずっと受け身だな、という引っかかりはありました。

自分の考えていることを書いて、それを読んで「この人に頼みたい」と思ってもらえる流れを、時間をかけて作りたい。それがこのブログの目的です。すぐ結果が出るとは思っていません。手応えが出るまで1〜2年、形になるのは3年くらいだと考えています。

ちなみに、いつか地元の長岡花火に協賛して、会場のアナウンスで自社の名前を呼んでもらいたいと思っています。完全に自己顕示欲です。

Webのノウハウ、案件をやっていて感じたこと、Web制作を通して考えている社会のこと。そのあたりを、自分のペースで書いていきます。


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